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2014年6月17日 (火)

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12日、「医は仁術」展に上野の国立科学博物館へ行く。あいにくの雨模様だったが、近代日本の医学の歴史を一堂にして見られた貴重な特別展だった。

綿密な腑分けの観察と記述、診断、治療の事細かい記事と図案、すべてが丁寧に膨大な時間と労力の結果が残されている。

たとえ、西洋医学との接点がなかったとしてもこの国の医療技術はそれなりの水準を保っていただろうと思う。自然界のありとあらゆるものから薬効成分を抽出、分離して漢方薬として製薬してきたのだから、西洋医学に引けを取らない技術だったに違いない。

確かに西洋医学は多くの命を救い、延命に寄与してきた。しかし、増え続ける疾病老人を受け入れるだけの能力が今の日本の環境や社会にあるとは思えない。

動けない老人の介護は老老介護や親の介護のため就職もままならず、ゴールの見えない二人三脚を強いられている若者が増えている現状をみると、江戸中期から後期の元禄時代の外界から閉ざされた世界の中でそれなりの幸福感を持ちながら、寿命をまっとうしていった人々を羨んでもばちは当たらないように思う。

人は与えられた命をその遺伝学的なミッションを遂行し、時がたてば静かに朽ちる運命を受け入れることで、この国の医療財政も破たんせずにすむような気がする。裏を返せば労働人口がどんどん減っていく中、生きる事に疲弊してしまう人を産んではいけないと思う。

遺伝学的構造を解明すること、iPS細胞はじめ有用な医学実験のノウハウは西洋医学の恩恵そのものだと思うが、ことさら老人の延命治療に応用されるのであればあまり有用な西洋かぶれとは到底思えない。








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